歴史は繰り返す、でもそれ以前に「終わってない」。私が向き合った、ポーランドでのアジア人差別

ドイツ・ミュンヘンで生活するりささん。ポーランド旅行中に投げかけられた言葉にモヤモヤし、「議論を生みたい」と記事を書くことを決めたといいます。

コーヒー片手に、ほっこり、じっくり向き合う。「わたし」を主語に語り合える場所、カフェで感じる韓国と日本

2021年12月に早稲田ギャラリーにて開催された「カフェ・コーヒー・コリア Beyond the Border展」。”日常”を切り口にさまざまな韓国の姿を見つめることができた展示と、1月21日から原宿で開催される第二弾のイベント情報についての独占レポートをお届けします。

人が人の痛みを見つめ、祈るとき、そこに国境はあるのかーー三池炭坑を日韓のZ世代が歩いてみた②

記憶にある特定の意味づけがされるとき、その想いは誰のものを反映しているのかーー。 2015年に世界文化遺産に登録された”記憶の有形物”である福岡県南部・大牟田に位置する三池炭鉱を訪ね、普段問われることのない「歴史の意味づけ」を日韓のメンバーがひもときながら歩く、このシリーズ。 第一弾の記事では、巨大な資本主義国家へと舵を切ろうとしていた明治時代の日本において、囚人や植民地出身者など社会的に周縁化された人々が危険な労働に従事し国家の根幹産業を支えるという、現代にも連続する構図が明らかに。 今回は日本の外に目を向け、文化遺産登録をめぐり度々政治問題化される争点と、市民の協働が持つ可能性について、実際に市民の協力によって建てられた記念碑を巡る中で探ります。 「それぞれが見ている歴史」「一緒に見たい未来」をすり合わせていく 炭坑での仕事は危険な重労働であることに加え、主な労働力として囚人が多く動員されたことから偏見を持たれる職業でもあった(前回の記事参照)。産業が巨大化していくにつれて国内で供給できなくなった労働力を補うため、朝鮮、中国、そして第二次世界大戦以降は連合国軍の捕虜が動員されていった。 2015年の世界遺産登録の際に議論の的となったのは、この「強制労働」があったのか否か、という点。日本政府は公式に、東アジアの各地から「自らの意思に反して(against their will)」労働者が動員され、「強制的に労役(forced to work)」させられた事実があったことについては認めている。 しかし、2020年6月に公開された東京の産業遺産情報センターには、朝鮮人の強制労働を否定する内容の証言や資料が展示され、国内外から批判を浴びた。 ユネスコの国際記念物遺跡会議共同調査団は翌月の12日、産業革命遺産の紹介が朝鮮半島出身者の強制動員問題を事実上否定しているという内容の報告書を公開。センターの展示内容について「被害者側からの視点が欠けている」と指摘した。 一方、韓国・ソウルの植民地歴史博物館では7月16日から11月7日まで、韓国の民族問題研究所が日帝強制動員被害者支援財団と共催する展示会「被害者の声を記憶せよ!強制動員の歴史を展示せよ!」が開催される。 展示では国内初公開となる長崎の高島炭鉱、福岡県の三池炭鉱の強制動員被害者の証言映像のほか、帝国日本による植民地時代に強制動員された被害者19名の証言映像が公開されているという。 韓国の民族問題研究所は展示会の開幕に合わせて声明を出し、「強制労働の真実を明らかにするために努力してきた韓国と日本の市民は、世界遺産委員会が公開した勧告を支持し、歓迎の意を表する」としている。 「ファンクラブ」藤木さんと共に。垣間見えた、市民レベルの可能性 強制労働を巡って政治的に対立するこの問題も、結局は1人ひとりの人間が理不尽に苦しめられ、悩み、傷ついた記憶をどう扱うのかという問いに終始する。そこには、イデオロギーもハイレベルな外交の議論も必要ないはずだ。 では「強制労働」の非人道性は、記憶の遺産が残る地方の自治体や、住民たちなどの市民レベルではどう扱われているのか。 「NPO法人 大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブ(略称:ファンクラブ)」の代表・藤木雄二さんが、大牟田の街に残るその手がかりを教えてくれた。 まず私たちが向かったのは大牟田市馬渡第一公園。 ここには、1997年に建立された朝鮮人強制連行碑がある。三井三池に強制連行された朝鮮人の一部が暮らしていた馬渡の施設の押し入れの中に書かれた文字が後の調査で発見され、のちに碑として利用されるに至ったのだという。 建立文に記されている内容は以下の通りだ。* 「第二次世界大戦中大牟田の三池炭鉱に朝鮮から数千名の朝鮮人が強制連行され過酷な労働を強いられた。そのうち約二百余名の朝鮮人が「馬渡社宅に」に収容されていた。 馬渡社宅の51棟の押入に彼らの望郷の念がこめられた壁書が1989年に訪れた強制連行の歴史を学ぶグループにより発見された。 戦時中とはいえ朝鮮人に多大な犠牲をもたらし、さらに犠牲者の痛みを思う時ふたたびこのような行為をくり返してはならない。 そこで、この地に「壁書」を復元することによって戦争の悲惨、平和の尊さを次の世代に語り継ぐため、この記念碑を建立するものである。  1997年2月 大牟田市 *この建物自体は現在すでに取り壊されているため、文字のみ大牟田市の石炭産業科学館に保管されている。 強制連行の非人道性を認めない日本政府。「同じ過ちを犯さない」と明確に誓い、平和を次世代に継承しようとする大牟田市。両者の姿勢の違いに驚かされた。 国家、権力、利害などが複雑に絡み合い、巨大化して人の顔をしていない主体ではなく、いまを生きる人たちの集まる「顔の見える場」としての地方自治体、市民のレベルだからこそできる、未来に向けた関係構築の余白部分が垣間見えたようにも感じる。 住職みずから、慰霊碑建立に奔走した 次に訪れたのは熊本県荒尾市の正法寺。1972年、三井三池での強制連行被害者を追悼する碑が二基建立された。一基は朝鮮人、もう一基は中国人を追悼するためのものだ。 正法寺に存在する朝鮮人追悼の碑は「不二之塔」と呼ばれ、過酷な労働の中で命を落としたすべての朝鮮人の慰霊とともに、冷戦後も断絶が続く南北朝鮮の統一への想いも込められている。 また「中国人殉難者慰霊碑」は殉難への哀悼に加えて、建てられた1972年にちなみ日中の国交回復に込める両国関係への期待も込められているという。 この建立に奔走したのが、正法寺の赤星住職だ。 赤星住職は、まだ中国と日本の国交が無い時期から塔の建立費を集めるために3年間にわたって托鉢を続け、自力で総額35万円を集めることに成功したと以前のインタビューで語っている。人々の供養の気持ちを集めることを一番に考え、あえて托鉢という形式をとったのだという。 ・参考:赤星住職へのインタビュー記事 みずから進んで困難を引き受けてきた住職だからこそ、一言一言の重さが胸に響く。 お話を聴きながら、こうして地域の人々の手によって過去への償い、そして未来への警鐘が確実に受け継がれていることに、とめどない感謝の想いが溢れてきた。 一部の人に任せっきりにするのではなく、もっと多くの人たちが協働していけるのではないだろうか… 「私たちはいかにこの歴史と向き合い、懸命な活動を受け継いでいくべきなのだろう」。地元の皆さんの活動に感銘を受けると同時に、今を生きる責任をひしひしと感じて、武者震いする時間となった。 「悲しみは国境を越える」史上最悪の日中関係の中で繋がった想い 宮浦石炭公園にも、日本中国友好協会が建立した追悼碑が建っている。 碑文によると三井三池炭鉱には2481名の中国人が連行され、そのうち635名が死亡したという。宮浦抗に至っては、54名中44名が無くなっており、労働環境の劣悪さが明白だ。 慰霊碑は比較的新しく、2013年に建立されたばかりだ。前年での2012年は領土問題など日中関係を刺激する出来事が重なり、二カ国関係は戦後最悪とも言われた年。 しかしあくまでそれは、国と国との話。日本と中国の人々の協力によってその時期にこの碑の建立がされたことに想いを馳せると、市民どうしの繋がりは政治に左右される必要がまったくないこと、そしてその可能性に改めて気づかされる。 皆の想いが詰まった碑だからこそ、かけがえのない意味が生まれた 最後に訪れたのは大牟田市の甘木公園。ここでは毎年慰霊祭が開催されている。 ・慰霊祭の参考記事はこちら 甘木公園には「徴用犠牲者慰霊塔」があり、韓国語で記された碑文もある。これは在日コリア大牟田の人々の呼びかけで大牟田市、3つの企業(三井石炭鉱業株式会社三池鉱業所、三井東圧化学株式会社大牟田工業所、電気化学工業株式会社大牟田工場)、そして市民が協力する形で1995年に建立された。 慰霊碑は今も朝鮮半島の方を向き、誇らしげに建っている。 今回私達は藤木さんのご協力のもと、この慰霊塔建立の立役者であり、在日コリア大牟田代表の禹判根(ウ・パングン)さんにお話をきくことができた。 徴用で連れてこられた仲間が炭坑で命を落としたという話を知人から聞いた経験をきっかけに、禹さんは慰霊碑の建立のために動き始めた。Continue reading “人が人の痛みを見つめ、祈るとき、そこに国境はあるのかーー三池炭坑を日韓のZ世代が歩いてみた②”

Deconstructing the Politicized Emotions–Local citizen’s cooperations for the “dark legacy” in East Asia

When a certain memory is given a historical meaning, a question remains; who are the ones creating this idea of memory “worthy of remembering” ? In this series, members from Japan and Korea visit the “tangible object of memories” in Miike Coal Mine in Omuta, situated in southern Fukuoka Prefecture, which was registered as aContinue reading “Deconstructing the Politicized Emotions–Local citizen’s cooperations for the “dark legacy” in East Asia”

暗黒の地下へ。過酷な労働環境が垣間見える、福岡の炭鉱「修羅坑」を訪ねてーー三池炭坑を日韓のZ世代が歩いてみた①

世界文化遺産登録・明治産業遺産は華々しい産業の歴史を讃える一方で、未だに苛酷な労働の暗い歴史や、近隣諸国との間で外交問題化した議論が交わされています。そんな福岡・三池炭鉱を日韓のメンバーが取材。見えてきたのは、社会で周縁化された人々が搾取され、資本主義を支える、現代にも続く構造でした。

黑土之下—窥探福冈万田坑煤矿的恶劣作业环境

虽然作为世界文化遗产和明治工业遗产,福冈三池炭矿因其壮观的工业历史而受到赞誉,但其背后有着一段残酷的剥削劳动的黑暗历史。随着其被周边国家反复讨论,已经发展成了日本与其邻国的外交问题。我们来自日本和韩国的成员们一同参观了三池炭矿,发现了一个延续至今的结构性问题。在这个特定的结构中,弱势的一方持续地受到剥削,资本主义不断滋长。

Into the dark underground. A glimpse into the harsh working environment of Fukuoka’s coal mine “Shura-ko”.

While the World Heritage Site and the Meiji Industrial Heritage are celebrated for their spectacular industrial history, there is still a dark history of harsh labour conditions and discussions that have become diplomatic issues with neighboring countries. Members from Japan and Korea visited the Miike Coal Mine in Fukuoka. What we found was a structure that continues to this day, where marginalized people are exploited to support capitalism.

암흑의 지하로. 후쿠오카의 탄광 “수라광”에서 가혹한 노동환경을 엿보다 ~ 연재: 한일의 Z세대가 함께 견학한 미이케 탄광 ~

2020년부터 COVID-19으로 인한 팬데믹 현상으로 인류는 일상 속 다양한 활동이 온라인을 중심으로 돌아가고 있다. The Leads Asia는 사람과 사람 사이에 “손으로 만질 수 없는” 기억이 증가하지만 이럴 때일수록 형상을 가진 것이 역사상 어떠한 기억으로 연결되는지를 재고하기위해서 2020년 11월부터 2021년 2월에 걸쳐서 워크숍 시리즈 “Conversation of Tangible Memories” (형태를 가진 기억의 대화)를 주최했다. 선조들이 역사 속으로Continue reading “암흑의 지하로. 후쿠오카의 탄광 “수라광”에서 가혹한 노동환경을 엿보다 ~ 연재: 한일의 Z세대가 함께 견학한 미이케 탄광 ~”

現代社会の「余白」にこそ、芸術と倫理を。世界的指揮者ジェイソン・ライが考える学びのあり方

2020年7月29日 | Expert Interview   オンライン教育の是非が問われる昨今。そもそも、大量の労働力を生み出すために産業革命時代に確立された統一型・詰め込み型教育は、現代社会にとって本当に必要なのか?コミュニティ形成など学校の社会福祉的な役割は、デイケアセンターとはどう違う?子どもたちの自己実現に本当に要されるサポートとは?様々な疑問が浮かんできます。   このモヤモヤをぶつけるために、英国出身の音楽家、ジェイソン・ライさんにインタビューしました。ヨーロッパやアジアの楽団を中心に指揮者として活躍する傍ら、BBCの国際的なTVプログラムにも出演し垣根を超えて精力的に活動。ライフコーチとしての資格も有し、悩める人々の声を聴き導く活動もしています。    オックスフォード大学卒業生、ユース音楽家コンクールチャンピオン、世界をまたにかける指揮者としてのキャリア…一見、順風満帆な人生を送ってきたように見えるマエストロ。  「『知恵は共有しないと腐っていく』という言葉がありますが、本当にそうだと思います。このようなインタビューでは私の少しの知恵でも共有できるので嬉しいです。」そんな謙虚な彼が語ったのは、意外な過去でした。 「苦い経験」があってこそ、目標のその先へ到達できる 幼少期はあくまで「普通の子ども」でした。同級生の大半と同じように、何を目指していいのかわからなかった。でも、10歳で音楽に出会ったことが転機になりました。始めた時にすぐ「人生でやりたいことはこれだ」と直感的に思いました。    音楽専門高校で過ごした3年間は最高の時間でした。幼少期はイギリスで人種差別で傷つくこともありましたが、その学校は生徒のバックグラウンドは一切関係なく、純粋に演奏のスキルで選抜した生徒に音楽家として必要な能力をつけさせ、全力でサポートする素晴らしい学校でした。    反対に、進学先のオックスフォード大学で過ごした4年間は、なかなか思っていたようにはいきませんでした。大学のせいではなく、自分のせい。環境にあまり馴染めず、インポスター症候群に再びかかってしまったのです。これは小学校時代のあるエピソードが影響して、今に至るまでずっと残っています。  6歳で小学校一年生になったときは、みんな平等でした。2年目からはランク付けが始まり、私は頭のいい子や能力のあるとされた子たちが集まる最上クラスで学ぶことになりました。正直、ちょっと誇らしかった。でもその一年後、一つ下のBクラスへ格下げされてしまったんです。  両親宛てに送られてきた学校からの手紙を一生懸命読んだのを今でも覚えています。なぜ格下げされなくてはならなかったのか。そこには「ジェイソンは少し自信が足りません。Bクラスで様々なスキルを身につける必要があると判断しました。」と書いてありました。恥ずかしくて、情けなくて。自分は不十分な人間だと感じました。  4年目もBクラスのまま。でも新学期を前に、自分に言い聞かせたのを覚えています。「もしBクラスにいるなら、Bクラスで一番になって、周りの人を助けよう」と。  それからはわざと毎回誰よりも先に課題を終わらせて、他の子たちの手助けをするようになりました。早く終えようとすると間違いばかりしてしまうのであまり良いことではなかったかも知れませんが。    この経験があったからこそ、私は自分の存在意義や能力を世界に認めてもらおうとして必死に誰よりもひたむきに頑張ってこられたのかも知れません。このような想い出があると、人は「成功者で、知的で魅力的になりたい」などの目標を超えて、もう少し先まで自分を追い込むことができるんじゃないかな、と思います。 両親から教わった倫理観、成績のためではない探究心の大切さ 「教育は将来の成功への鍵だ」と多くの人は言うかもしれません。でも私は、むしろ教育とは自分自身をよりよく理解し、世界との交流を始めるための鍵だと考えています。数学と英語を学ぶことだけが将来の成功につながるというのは、実はとても視野の狭い考えです。   私たちは皆それぞれ異なる才能や強みを持っているし、教育にはあらゆる形が可能であるべきです。年齢で決めた特定の基準をすべての人に求めることは、時に人を破壊することもある。素晴らしい学校とは個性や能力、情熱を最大限に尊重し伸ばしてあげられる学校のことだと思います。     チベットの指導者ダライ・ラマは、倫理や道徳こそ学校教育で重点的に教えられるべきであると説いています。現代の社会では、目標達成やゴールへの到達、「何者になるか」の方が道徳面における成熟度よりも大切であるかのように語られる傾向にあると感じます。『外の世界は弱肉強食の危険なジャングルだ、強くならなければ人生に失敗する』という子どもへのメッセージは、私はあまり健全だと思いません。  低年齢の子どもに必要なのは物事をのびのび探求する能力と、それを安心してできる心理的なセーフ・スペース(安心領域)を確保してあげることだと思います。もし仮に、両親から「成績を上げろ」と常に脅されて育てば、自由な探索は出来っこありません。そうなると子どもたちは学習ロボットのようなもので、事実を並べ替えるためだけに勉強をすることになる。これでは実際には何も学んでいないのと同然です。   子ども時代、両親の影響を強く受けて育ちました。英語すらあまり知らないまま香港からイギリスへ移住した両親は、私たちを育てるために毎日身を粉にして働いていました。知り合いも親族もおらず言葉や文化も分からない中でゼロから何かを作り上げることがどれほど大変なことなのか、想像も出来ません。  自分たちの苦労の経験からか、両親はいつも困っている人を率先して助けていました。彼らの謙虚に努力を続ける姿勢と倫理観を、私は今まで忘れたことはありません。  もし学校を再編するとしたら、まず最初に成績制度を廃止します。それか、全員に無条件でAをあげる。そうすれば、自分がなぜ最高評価に値するのか考えて行動するようになるでしょう。また年齢に固定的ではなく、一人一人のペースにあった学びをできるようにする。そして、数学や英語を学ぶのと同じように、道徳の教育に力を入れたいです。 芸術は現実世界と心をつなぐ「人生の詩」 今年7月、シンガポールで「社会で最も必要とされていない仕事」に関する調査結果が発表されました。そこでは7割近くの人が「芸術家が最も不必要な仕事である」と回答したという衝撃的な結果に。でも、世界中が先の読めない不安な日々を余儀なくされる中で、人々は読書をしたり、映画を見たり、音楽を楽しんだりしていますよね。これらは、全て芸術です。こうした「ステイホーム期間」の人々の行動は、芸術への過小評価に疑問を投げかけるものだと感じます。     芸術や文化の本質的な役割は、心や感性を養うこと。 合理性や権力、お金への飢えが蔓延るこの世界で、私達は人生で大切なことが何なのかを忘れてしまいがちです。子どもを養わなければならないし、ガス代や水道代のために毎日働く必要がある。でも、そんな多忙な日々を過ごした中で残るものとは何でしょうか?私は、その人生の「余白」を埋められるのは文化や芸術を通じた感動体験だと考えています。  私自身、今まで詩という芸術をあまり好んだことはありませんでした。でも最近になって、その美しさや重要性を理解できるようになりました。詩は、世の中で上手く言い表わすことのできない思いや感情を的確に表現することができる。たった一行で、世界中を動かすことだってできるのが詩です。  同じように芸術や文化とは、目に見えない、あるいは多忙な生活の中で人が見ようとしていない世界の側面を見せてくれる、人生の詩だと思うのです。    小さな頃、読み聞かせが大好きでした。子どもはお話を聞くと、自分がその場所にいるかのように想像を膨らませます。想像力は権力やお金、締め切り、株主を喜ばせることだけを考える現実世界と理想の世界とのギャップを埋める、大切な能力です。  だからこそ、倫理と道徳に加えて芸術教育が大切なのだと思っています。 自分の存在自体が価値であることを簡単に忘れてしまう世界だから 様々な種類があるコーチングですが、私はディベロプメントコーチングとインテグラルコーチングを行なっています。答えを与えて解決策を提示しようとするものではなく、セッションを通じて、相談者が自分自身を深く見つめ、問題の根底に何があるのかを見極めることを促すのがコーチングです。多くの場合、相談者の問題はアドバイスをして改善するようなものではなく、もっと奥深く根を張っている。      表出している問題というのは、あくまで氷山の一角に過ぎません。例えば、仕事で昇進できないことに不満を感じている相談者がいるとしましょう。会話を重ねるうちに、実はその人が本当に欲しているのは昇進そのものではなく、自分の成功を世界に示すことにあると判るかもしれない。では、なぜこの必要性を感じるのかをご本人に探ってもらいます。このセッションのゴールは決して「昇進を諦めよう」という結論に達することではなく、自分が感じている感情の正体や理由を深く知ることで、自分の意志に自分で納得することにあるのです。    このようなコーチングは、とてもやりがいがあります。相手に質問する時、自分自身に対しても今までの感情や失敗などを問いかけることになるので、より深く物事を考えられるようになるからです。      相談者の前に座って話を聞くのは、特別な時間です。悲劇的な話もあれば、感動的な話もある。でもそれぞれの話に独自の価値があるし、その人自身の価値が反映されている話をしてもらえる瞬間は、本当に光栄だと感じます。  人は自分の価値がどのように世界を助けているのかや、自分が価値そのものであることをすごく忘れやすい。この盲点に気づかせてあげる存在がコーチだと思っています。   リーダーに必要なのは、好奇心を持って耳を傾けること。 聴くことの持つ力を見くびってはいけません。指揮をする上でも、コーチングをする上でも同じです。オーケストラは聴衆だけでなく指揮者にも耳を傾けられていると感じると「自分たちは理解されている」と思い、より一層素晴らしい演奏をしてくれます。  演奏方法をマスターしたプロたちなので、必要なのは鼓舞してくれる存在だけなんです。何をすべきか逐一教える必要はありません。きちんと聴くことは、指揮者として信頼関係を築くためのもっとも大事な要素だと思っています。     オーケストラは世界の縮図です。誰もが異なる考えや価値観を持つ世界の中で、リーダーとしてすべての人を満足させることはできない。一人の音楽家が何かを要求しているその瞬間に、別の音楽家は逆を要求する。だから最終的にリーダーは決断しなければなりません。でも、最善の決断をするために最低限できることは「聴く」ことです。心を開き、好奇心を持って、誠心誠意相手の意見を聴く。       同様に、コーチをする際も聴くことの力を実感します。きちんと誰かに耳を傾けてもらったことがない相談者は、自分の話を聴いてもらうという体験だけで深く感動します。一見単純な行為に見えることが、実は人々を癒す力も持っているのです。     自分にとってすごくすごく困難で、他の誰にも話したことがないような内容を相談者が話してくれるとき、しばらくお互いに何も言えない時があります。そんな時できるのは、彼らの心に浮かんでいる想いを全て表現できるまで静かに待って、じっと耳を傾けることです。 いつも初心で、心を込めて真摯に向き合う。それが一番の学び  メンター(助言者)は成長の過程で欠かせない存在です。でも残念なことに若い頃の私は、メンターが必要だと認められなかった。自分の純粋な好奇心で始めた探索がいつしか、「自分は誰から指導されなくてもやっていける」とエゴやナルシシズムを甘やかす主体になってしまっていたのです。  私は長い間、鈴木のいう「専門家の心」を持っているふりをすることで、自分で自分の可能性を狭めてしまっていた気がします。  初心者の心には多くの可能性があります。しかし専門家といわれる人の心には、それはほとんどありません。鈴木俊隆著「禅マインド ビギナーズ・マインド」プロローグより    メンターはいなかったけれど、コリン・デイヴィスなどの知恵に満ちた素晴らしい指揮者から「ソウル・アドバイス(真に迫る助言)」を受けました。    コリン・デイヴィスは本当に素晴らしく、温かい人でした。彼が音楽を学んだ50~60年代、指揮の世界では「私がいうことは絶対だ」という音楽の全体主義的なアプローチが主流でした。例に漏れずそのように振る舞っていたその頃の自分を思い出すと恐ろしい、と語っていた彼の姿は印象的でした。Continue reading “現代社会の「余白」にこそ、芸術と倫理を。世界的指揮者ジェイソン・ライが考える学びのあり方”

Arts and Culture Are to Feed Your Soul: What Education Means to a Maestro

During our last discussion on Dialogue 4.0, educators and students from all over Asia shared each country’s situation regarding schooling under the Covid-19, discussed and talked about the ongoing “Online or Offline” debate, positive and negative sides that new methods would have.

In the end, the very definition of public education, originally structured with the rise of industrialization, came into question by the participants: Is it still relevant to the world we live in today? What is the essential role of public schools besides teaching math and English? How can schools assist kids to lead them to the life they desire?

To give an answer to these open-questions, we conducted an interview with a Principal Conductor of the Conservatory Orchestra at the Yong Siew Toh Conservatory of Music, and a dedicated Life Coach guiding people to find their own path in life.

Jason Lai, with his rich life experiences shared with us the profound meaning of education and how life itself can also be a great teacher.

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