人が人の痛みを見つめ、祈るとき、そこに国境はあるのかーー三池炭坑を日韓のZ世代が歩いてみた②

記憶にある特定の意味づけがされるとき、その想いは誰のものを反映しているのかーー。 2015年に世界文化遺産に登録された”記憶の有形物”である福岡県南部・大牟田に位置する三池炭鉱を訪ね、普段問われることのない「歴史の意味づけ」を日韓のメンバーがひもときながら歩く、このシリーズ。 第一弾の記事では、巨大な資本主義国家へと舵を切ろうとしていた明治時代の日本において、囚人や植民地出身者など社会的に周縁化された人々が危険な労働に従事し国家の根幹産業を支えるという、現代にも連続する構図が明らかに。 今回は日本の外に目を向け、文化遺産登録をめぐり度々政治問題化される争点と、市民の協働が持つ可能性について、実際に市民の協力によって建てられた記念碑を巡る中で探ります。 「それぞれが見ている歴史」「一緒に見たい未来」をすり合わせていく 炭坑での仕事は危険な重労働であることに加え、主な労働力として囚人が多く動員されたことから偏見を持たれる職業でもあった(前回の記事参照)。産業が巨大化していくにつれて国内で供給できなくなった労働力を補うため、朝鮮、中国、そして第二次世界大戦以降は連合国軍の捕虜が動員されていった。 2015年の世界遺産登録の際に議論の的となったのは、この「強制労働」があったのか否か、という点。日本政府は公式に、東アジアの各地から「自らの意思に反して(against their will)」労働者が動員され、「強制的に労役(forced to work)」させられた事実があったことについては認めている。 しかし、2020年6月に公開された東京の産業遺産情報センターには、朝鮮人の強制労働を否定する内容の証言や資料が展示され、国内外から批判を浴びた。 ユネスコの国際記念物遺跡会議共同調査団は翌月の12日、産業革命遺産の紹介が朝鮮半島出身者の強制動員問題を事実上否定しているという内容の報告書を公開。センターの展示内容について「被害者側からの視点が欠けている」と指摘した。 一方、韓国・ソウルの植民地歴史博物館では7月16日から11月7日まで、韓国の民族問題研究所が日帝強制動員被害者支援財団と共催する展示会「被害者の声を記憶せよ!強制動員の歴史を展示せよ!」が開催される。 展示では国内初公開となる長崎の高島炭鉱、福岡県の三池炭鉱の強制動員被害者の証言映像のほか、帝国日本による植民地時代に強制動員された被害者19名の証言映像が公開されているという。 韓国の民族問題研究所は展示会の開幕に合わせて声明を出し、「強制労働の真実を明らかにするために努力してきた韓国と日本の市民は、世界遺産委員会が公開した勧告を支持し、歓迎の意を表する」としている。 噛み合わない議論、繰り返される政治問題化 日本政府は世界遺産一覧表への記載決定に際して、2015年7月5日第39回世界遺産委員会において以下のように発言している(外務省発表の日本語仮訳)。 「日本は,1940年代にいくつかの場所において,その意思に反して連れて来られ,厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと,また,第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる所存である」 この一文には、次のような注釈がつけられている。 [1]「意思に反して連れて来られ(brought against their will)」と「働かされた(forced to work)」との点は,朝鮮半島出身者については当時,朝鮮半島に適用された国民徴用令に基づき徴用が行われ,その政策の性質上,対象者の意思に反し徴用されたこともあったという意味で用いている。 [2]「厳しい環境の下で (under harsh conditions)」との表現は,主意書答弁書(参考)にある「戦争という異常な状況下」,「耐え難い苦しみと悲しみを与えた」という当時の労働者側の状況を表現している。 [4]今回の日本代表団の発言は,従来の政府の立場を踏まえたものであり,新しい内容を含むものではない。 [5]今回の日本側の発言は,違法な「強制労働」があったと認めるものではないことは繰り返し述べており,その旨は韓国側にも明確に伝達している。 戦時下の暴力に関して、当時適用されていた枠組みの中での合法性を問うことの限界については、現代においても議論が重ねられている点だ。 命をも危険にさらす労働のために本人の「意思に反して(= against their will)」連れてこられ、「働かされた(= forced to work)」事実は、人間を含めた植民地のリソースを枯渇するまで搾取する帝国主義イデオロギーの中では確かに「違法な」強制労働ではなかったかもしれない。 しかし終戦後、民主主義国家として過去の過ちを清算する旅路を辿ってきた日本というまったく新しい国を代表する立場にある組織が、外国人強制労働の事実や過去を認めながらも、なぜいまだに当時の枠組みにおける”合法性”を主張するのだろうか。 戦時中の”合法性”をいま、「人道」をキーワードに見つめる 中川の「見知らぬわが町1995 真夏の廃坑」によれば、太平洋戦争の開戦前における三井三池の坑夫採用条件は「当地方二土着永住(その土地で生まれ育った人)」「土百姓ニシテ世ニ馴レザルモノ(農業に従事し世の中に慣れていないもの)」だった。工業化の波の中で職を失った百姓の行き場として鉱夫という職業があったことが窺える。 しかし開戦に伴い、だんだんと国内の労働力が不足していくと事態は激変。朝鮮人や中国人を動員することで労働力を補い、戦争を継続していた終戦間際の日本の姿が浮かび上がってくる。 歴史研究者の竹内康人は、厚生省勤労局名簿、石炭統制会資料、福岡県特高資料などを基にした緻密な調査によって朝鮮から三井三池炭鉱へ連行された労働者の数を約9300人とみつもり、三井の石炭コンビナート関連の工場労働や湾口労働への連行数を入れれば1万人を超える連行があったと著書「調査・朝鮮人強制労働①炭鉱編」に記している。 さらに同書には、福岡県全体の60を超える鉱山へ連れてこられた朝鮮人労働者の数は1945年5月ごろまでに累算で15万人を超えたという記載がある。 連行された人々の生活が例えようがなく悲愴を極めたことは、残された証言の数々から窺い見える。「どうせ死ぬのだから、死ぬ覚悟で逃げ出そう」と脱走を試みた人の過酷な経験も証言として残っている。 「連行のうえに長時間過重労働(炭坑にて15時間以上)が課せられていました。負傷は日常、欠勤すると貧しい食事を更に減らされ、暴力で管理を受け、そして強制貯金をさせられるうえに抵抗する者は検挙。罪のない人々がそんな日々を繰り返していたのです」(竹内康人『調査・朝鮮人強制労働①炭鉱編』より引用) 「ファンクラブ」藤木さんと共に。垣間見えた、市民レベルの可能性 強制労働を巡って政治的に対立するこの問題も、結局は1人ひとりの人間が理不尽に苦しめられ、悩み、傷ついた記憶をどう扱うのかという問いに終始する。そこには、イデオロギーもハイレベルな外交の議論も必要ないはずだ。 では「強制労働」の非人道性は、記憶の遺産が残る地方の自治体や、住民たちなどの市民レベルではどう扱われているのか。 「NPO法人 大牟田・荒尾炭鉱のまちファンクラブ(略称:ファンクラブ)」の代表・藤木雄二さんが、大牟田の街に残るその手がかりを教えてくれた。 まず私たちが向かったのは大牟田市馬渡第一公園。Continue reading “人が人の痛みを見つめ、祈るとき、そこに国境はあるのかーー三池炭坑を日韓のZ世代が歩いてみた②”

Deconstructing the Politicized Emotions–Local citizen’s cooperations for the “dark legacy” in East Asia

When a certain memory is given a historical meaning, a question remains; who are the ones creating this idea of memory “worthy of remembering” ? In this series, members from Japan and Korea visit the “tangible object of memories” in Miike Coal Mine in Omuta, situated in southern Fukuoka Prefecture, which was registered as aContinue reading “Deconstructing the Politicized Emotions–Local citizen’s cooperations for the “dark legacy” in East Asia”

暗黒の地下へ。過酷な労働環境が垣間見える、福岡の炭鉱「修羅坑」を訪ねてーー三池炭坑を日韓のZ世代が歩いてみた①

世界文化遺産登録・明治産業遺産は華々しい産業の歴史を讃える一方で、未だに苛酷な労働の暗い歴史や、近隣諸国との間で外交問題化した議論が交わされています。そんな福岡・三池炭鉱を日韓のメンバーが取材。見えてきたのは、社会で周縁化された人々が搾取され、資本主義を支える、現代にも続く構造でした。

黑土之下—窥探福冈万田坑煤矿的恶劣作业环境

虽然作为世界文化遗产和明治工业遗产,福冈三池炭矿因其壮观的工业历史而受到赞誉,但其背后有着一段残酷的剥削劳动的黑暗历史。随着其被周边国家反复讨论,已经发展成了日本与其邻国的外交问题。我们来自日本和韩国的成员们一同参观了三池炭矿,发现了一个延续至今的结构性问题。在这个特定的结构中,弱势的一方持续地受到剥削,资本主义不断滋长。

Into the dark underground. A glimpse into the harsh working environment of Fukuoka’s coal mine “Shura-ko”.

While the World Heritage Site and the Meiji Industrial Heritage are celebrated for their spectacular industrial history, there is still a dark history of harsh labour conditions and discussions that have become diplomatic issues with neighboring countries. Members from Japan and Korea visited the Miike Coal Mine in Fukuoka. What we found was a structure that continues to this day, where marginalized people are exploited to support capitalism.

암흑의 지하로. 후쿠오카의 탄광 “수라광”에서 가혹한 노동환경을 엿보다 ~ 연재: 한일의 Z세대가 함께 견학한 미이케 탄광 ~

2020년부터 COVID-19으로 인한 팬데믹 현상으로 인류는 일상 속 다양한 활동이 온라인을 중심으로 돌아가고 있다. The Leads Asia는 사람과 사람 사이에 “손으로 만질 수 없는” 기억이 증가하지만 이럴 때일수록 형상을 가진 것이 역사상 어떠한 기억으로 연결되는지를 재고하기위해서 2020년 11월부터 2021년 2월에 걸쳐서 워크숍 시리즈 “Conversation of Tangible Memories” (형태를 가진 기억의 대화)를 주최했다. 선조들이 역사 속으로Continue reading “암흑의 지하로. 후쿠오카의 탄광 “수라광”에서 가혹한 노동환경을 엿보다 ~ 연재: 한일의 Z세대가 함께 견학한 미이케 탄광 ~”

「境界線上に生きる」ふたりの語り、対話の火種めざす

再生ボタンを押すと聞こえてくる、軽快なBGM。「境界線上に生きる!」とポッドキャストの簡単な紹介が始まる。繰り広げられるふたりの会話に台本は無い。事前にテーマの共有をするだけで、具体的に話す内容は、収録ボタンを押してから初めて知るという。学生時代からの友人であるふたりのトークに笑いは絶えない。「自然体が僕らのテーマです」と言いながら、ざっくばらんに取材に答えてくれた。 2021年4月12日から配信が開始された「境界線上に生きる」は、日系ブラジル人のサミーさん(27)とジョージさん(27)が日本語で配信するポッドキャストだ。主に日本と外国両方にルーツを持つ人、いわゆる”ハーフ”にまつわるさまざまなテーマについて話している。 「ハーフ独自の悩みに見えるが、構造を見ると日本人でも同じ悩みを持っている人はいる」とサミーさん。「みんなが前を向けるきっかけを提供したい」とジョージさんは述べた。ふたりの視点から日常を話すことで、気づきや対話を生み出したいという思いがある。 「白か黒か」ではなく「境界線の上で」俯瞰して考えられる ポッドキャストのタイトルは、サミーさんが敬愛するエドワード・サイードの著書「知識人とは何か」から着想を得た。サイードは知識人を「単に知識を持つ者」ではなく、自立的に自己を見つめる「永遠に呪われた亡命者」であると説く。権力に迎合することもなく、また狭い専門性に閉じこもることもなく、常に少数派の立場に立って物事を批判的に考える。 国と国のあいだ、またはどこでもない「境界線の上で」漂っているからこそ、いざという時に「No」と言えるーーそんなサイードの言葉が、自分たちの境遇にも重なった。 「日本とブラジル、どちらがいいか」という思考ではなく、境界線の上に立てばミクロな視点で問題の本質を見ていくことができると思う。そう語るふたりのエピソードは、どれも切り口が鋭く、ハーフの切り口でありながらも社会における普遍的なものばかりだ。 「絶対、怪しいと思った」痛快すぎる出会い ポッドキャストの原点は、朝まで夜通し語り合った学生時代の時間。友人たちと時事問題について議論したり、経営学部生が多かったことから経営学について勉強や議論したりする場だった。失恋の話もした。毎週金曜日の夜に集まっては、誰かが持って来た議題について語らうこの会を「ただただ、好きでやっていたね」とふたりは振り返る。 現在、中南米のホットサンドを日本にも伝えたいとポップアップのサンドイッチ店を経営するサミーさんと、ITで教育を変えたいとIT企業に勤務するジョージさんが出会ったのは、19歳の時。 当時はまだ日系ブラジル人の友人も周りにおらず、同じようなアイデンティティを共有できる誰かを探していたサミーさんは、SNS上で偶然ジョージさんの存在を見つけた。似た背景を持ちながらも、自分とは違い底抜けに明るい性格のジョージさんに興味を持ち、当時運営していた学生団体のイベントに勧誘する口実でメッセージを送った。 この頃ジョージさんは幼少からの夢である経営者になるため、大学内外で積極的に活動していた。サミーさんからのメッセージが来たときは「(急に来た連絡が)怖くて、ずっと無視していた」。しばらく無視を続けたあと、当時営業団体に所属したこともあり、営業目的でサミーさんに連絡をした。 「急に『金持ち父さん、貧乏父さんを知ってるか?』と連絡がきた。ジョージから営業かけられてたんですよ」。会ってみると、気づけば意気投合していた。 大学を卒業し、久しぶりに電話をした。当時のように色々なテーマについて話すなかで「これを公開すると面白いかもしれない」と、ポッドキャストで配信をすることを決めた。 「感覚派」と「理論派」。ふたりが自称するように、取材からも性格の違いが垣間見えた。だが、ふたりの過去には、社会と家庭の文化の違いに戸惑い、「境界線上」をさまよい続けることを選択するまでの葛藤、という共通項があった。 “自分らしさ”をたどる旅路。幼少期に感じたアイデンティティの揺らぎ 2歳のときに祖母と共にブラジルから岐阜県へやって来たジョージさん。両親は出稼ぎで先に来日していた。保育園に通うようになると、次第に周りとの違いに気づき始めた。「自分の中で揺らいだものがあった。(その時が)”ジョージの人生”の始まりだったと思う」と当時を振り返る。 それでも何ら問題なく過ごしていた幼少期は、小学校に進学すると景色が一変した。「ブラジル人」としての自分の一面に対して、周囲が口を出してくるようになったのだ。保育園では仲が良かった友人とも疎遠になり、「バイキン扱いされたり、喧嘩に巻き込まれたりした」と話す。 自分は一体何者なのか。自己表現の方法もわからず、家庭と社会の文化の違いにも悩んだ。 しかし、誰かがどう思っているか、どう感じているか、どう自分を見ているかを気にするよりも、そのまま自分を表現し、自分が決めたことをやる。他人ではなく自分に意識のベクトルを変えていくうち、次第に自信を取り戻していったという。 自身を「ジョージとは正反対の性格」だと話すサミーさんは、ジョージさんと同様、先に出稼ぎに来ていた両親の後を追って4歳でブラジルから名古屋にやって来た。比較的うまくやっていた人間関係の中で、口げんかの拍子に突然「自分の国に帰れ」と言われた小学校3年生の事件がきっかけとなり、アイデンティティの揺らぎを感じ始めた。 自分が生活し、慣れ親しんでいる日本が「自分の国」だと思っていた。それ以来、テストの名前欄にフルネームを書かなくなった。サミーという名前が外国人らしい名前だからだ。 サッカー部に入部すれば「ブラジル人」と囃し立てられ期待された。だから野球部に入って、キャプテンまで務めあげた中学生時代。「当時の自分は必死で日本人になろうとしていたのだと思う」とサミーさんは当時を振り返る。しかしそのせいで、両親や親戚と話すときにポルトガル語で「分かるのに返せない」状態になってしまうほどだったという。 新しい人間関係が始まった高校時代では、フルネームがカタカナ表記の生徒が自分以外におらず、名前をからかわれた。しかし、自分のアイデンティティを隠そうとするとそこを突かれるので、ブラジル人であることをオープンに「蔑むのではなく明るく、武器として」笑いに変えるようになった。そうすると、自分への周囲の眼差しが安定すると気がつき、自分のルーツを表に出せるようになっていったという。 自分たちの葛藤は、すべての人に通じる葛藤だと思う 「ハーフ」の社会史について研究する下地ローレンス吉孝氏は著書で、「ハーフ」当事者による発信は、日本社会で不可視化されてきた人種差別や偏見といった問題を可視化させる重要な契機になっていると指摘している。 「かれら(多様なルーツを持つ人々)に対する差別構造は十分にとらえられてこないまま現代社会に引き継がれている」。国益や市場の利益となる場合には称賛され、反対に「日本人らしさ」が求められる場面では反発を受けるという。社会の両義的で恣意的な対応にさらされる、日本における「ハーフ」の意味づけは、未だ不安定で複雑だ。 また、社会の「ハーフ」に対する線引きや、それがもたらす彼らの生きづらさに向き合うことは「直接的に『日本人とは何者なのか』を問いなおすことである」と下地氏は指摘する。 サミーさんも、一見「ハーフ」特有の悩みに思える悩みや想いも、構造的にはそれは「ハーフ」に限らないと考える。日本社会とブラジル社会の比較を例に、白か黒かの二項対立的にものごとを決めて固執するのではなく、俯瞰して理解することが大事だとふたりは話す。 日本社会の新しいものや異なるものへの”不寛容さ”は、固有の文化やしきたりを壊さず治安を守るという良い面と、就職や住居契約などで外国人を一緒くたに差別することや、厳しい社会のルールに耐えきれず自殺者が出るなどの悪い面と表裏一体だ。一方で移民国家のブラジル社会は時間やルールにも寛容で曖昧さがなくわかりやすいが、治安が悪いという側面を併せ持つ。「感覚派」のジョージさんに言わせれば、日本は「冷たい」社会でブラジルは「熱い」社会だ。冷たすぎてもよくないし、熱すぎても問題は起きる。バランスが大事だとジョージさんは指摘する。 国と国だけではなく、家庭や学校など生まれた時から常に比較対象がある中で、社会の「当たり前」が当たり前じゃない瞬間をたくさん経験しながら育った。「葛藤でもあるけど、成長にもつながる」とルーツを複数持つことのメリットをサミーさんは語る。一方、ジョージさんは何でも比較する中で主観がなくなってしまいやすいと話す。 「可哀想」で終わらせないために。ポップな切り口で、対話を掘り下げる 配信されているエピソードには「国籍選択の話」や「自我の喪失と向き合う」などシリアスなテーマのものもあるが、どれも笑いが絶えない語りで構成され、気構えなく聞いていられる。しかし、唯一ボツになった回があったという。 「『差別について』というタイトルで収録したら、重たくなりすぎてふたりで黙ってしまった」。今までのエピソードで続けてきたポッドキャストのコンセプト「明るく楽しく」の中で差別を語ることはできなかった。 国策として日系ブラジル人を労働力として受け入れるも、現在生じている教育面や就職面の壁、日本社会への順応や差別、老後保障などの問題については対策が講じられることもなく、社会でも十分に認知されていない。 「僕らを通じて、そうした現実があることを知ってもらい、関心を持ってもらわないと何も変わらない。変えられるのは参政権を持っている日本の方だけなんです」とサミーさんは話す。「(偏見というのは)誰もが持っているもの。でも気付けば見方が変わるし、視野も広がると思う」とジョージさんは述べた。 ネガティブなものには「ネガティブなパワー」がある。このパワーは変革の原動力になる一方で、継続して聴いてもらい、社会に前向きな気持ちで「ハーフ」の見る世界を共有するには「可哀想」の思考停止に導いてはいけないとふたりは考える。 「僕らが差別や苦悩について話して、『ハーフって可哀想だな』で終わったらダメなんです。(重い)切り口だと、その”高カロリー”を消費できる人しか聴いてくれない。これを一般の対話に掘り下げていくには、ライトな切り口の中に、深みを出すことが必要だと思っています」。 ふだん何気なく暮らしている社会の中にも、見えない「境界線」があるかもしれないこと。ふたりの軽快なトークは、どんなルーツや背景、考えや文化を持つ人にも、自分の世界を新たな視点で見つめ直すきっかけをくれる。これから配信されるエピソードの、ふたりのトークが導く不思議な「深み」に、どんどんハマっていきたい。 (取材・文:田村康剛、編集:神山かおり) <プロフィール>サミー:1993年サンパウロ生まれの日系ブラジル人4世。様々な文化との接触頻度を上げる切り口として、ケータリング・ポップアップを軸に日本各地にふらりと出没するサンドイッチ屋「C’est la base」(セラバズ) 店主。ジョージ:’93 ブラジル生まれの日系ブラジル人3世。渋谷のIT教育ベンチャーで4000名以上のキャリア相談とセールス責任者を経験後、新規事業セールスの立ち上げリーダーに従事。モットーは「太陽のように生きる☀️」。 ポッドキャスト「境界線上に生きる」視聴方法 Apple:https://podcasts.apple.com/us/podcast/%E5%A2%83%E7%95%8C%E7%B7%9A%E4%B8%8A%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B/id1562809202 Spotify:https://open.spotify.com/show/1oKZ0AMdMrKdapoqQxyYy3 公式Twitterはこちら:https://twitter.com/live_kyoukaisen  公式Instagramはこちら:https://www.instagram.com/live_kyoukaisen/ Follow us THE LEADS ASIAは、「近くて遠い」アジア地域の国々に住むZ世代が繋がり、対話するきっかけと場所を提供することを目指して活動している団体です。FacebookやTwitter、インスタグラムなどでも発信しているので、ぜひチェックしてみてください。

Crossing Boundaries: Two Brazilian Japanese reveal the social structure through Podcast from “Ha-hu” perspective

Samy and Jorge, two young Brazilian Japanese, started a Podcast entitled “Live on the boundaries (境界線上に生きる)”. The problems that may seem unique to “Ha-hu (half Japanese people)”, they think that all the issues are relatable to anyone in society, in terms of structure.

新冠凸显了中日关系的 “二元性”——展望包括“批判性”和文化交流的对话

是否留学是为了 “去到那里”?网络能代替人与人之间的交流和跨文化的体验吗? “我不想再浪费时间了。”在上海读研究生的早见优哉(23岁)这样解释自己从学校休学的原因。 从同志社大学毕业后,他到上海复旦大学攻读硕士研究生,他说这是他自2017年到上海进行语言研修之旅激发的志愿。 然而,由于新冠疫情的传播,他无法前去上海,于是在网上上了超过6个月的网课。 “不能去到中国对我影响很大。我觉得留学只有去到当地才有可能”。他认为,在中国生活,与当地学生交流,亲身感受中国社会的变化是必不可少的。今年3月开始的新学期,他也没有希望能够去中国。经过深思熟虑,他决定向学校请假。 由于出境的限制,越来越多的学生放弃了出国留学的计划。 据日本学生服务组织统计,2019学年出国留学的日本学生人数比上年下降6.8%。在主要留学目的地中,中国的降幅最大,同比下降22.5%。 放弃出国留学的理由之一是很多人认为,真正的文化交流是出国留学最重要的环节之一。 根据留学支持公司ICC咨询的调查,在疫情时期,学生的留学意愿与疫情前并无太大差别。但是只有约30%的学生回答他们会选择接受网课学习。 根据早稻田大学铃木规子教授的调查,学生们不仅希望获得语言和知识,还希望与当地人交流,体验当地文化。 21岁的三田明绘是上海华东师范大学三年级的学生,她也表示,通过网络留学不能如愿地进行互动,这让她很沮丧。在中国留学的时候,她可以积极地和中国学生互动,让他们在学习上帮助她,参加社团活动,但现在她只能在日本上网课。 “现在我直接和老师交流,学生之间的交流减少了”她说。 她还表示,虽然自己很想参加所加入的动物保护社的活动,但无法通过网络参与实际的动物保护活动。 新冠疫情凸显了中日关系的 “二元性” 通过留学等文化交流,人们可以认识到对方国家也有 “活生生的人”。 早稻田大学从事亚洲研究的中嶋聖雄教授表示,民间交流的意义在于可以“面对面交流”,尤其是在学生层面。 中岛教授指出,学生交流的意义在于,“在与对方交流时,双方都需要努力理解对方的语言,由于对方也是大学生,双方可以通过分享共同的担心和困难加深交流”。 据Genron NPO 2020年的调查显示,在经历了领土争端等政治冲突后,多数人认为中日民间缺少信赖,阻碍了双边关系的发展。 此外,90%的日本受访者表示对中国 “印象不好”,为2016年以来最高水平。 相反,45%的中国人表示对日本印象好,只有53%的人表示印象不好。 中嶋教授指出,新冠疫情凸显了日中关系的双重性。2019年,在疫情发生前,中国游客在到访日本外国游客中占比最高,占总人数的30%。中嶋教授还提到了以留学生身份来日本的中国学生,他说:“我想,人际交流往来的停止,也从正面揭示了中国人在日本的经济和学术存在有多大,以及日本受到中国的刺激作用有多大。” 复旦大学日本研究中心青年副研究员王广涛在2月16日的文章中评价了新冠疫情传播初期中日之间的物质支援,并称 “日本政府和民间的善意是显而易见的”。他进一步指出,这种基于善意的交流“将使基础薄弱的中日民间关系得到改善”。 另一方面,该中心3月9日发布的报告指出,前首相安倍晋三的辞职和美国对华政策的变化影响了日本和中国的公众情绪,“展现出中日关系脆弱的一面”。 除了批评中国政府在新冠疫情初期的应对措施外,中国的 “消极方面”从2020年开始的一整年里也引起了国际社会的关注,包括香港问题和新疆维吾尔自治区的人权问题。 中嶋教授指出,新冠可能引发了日本长期存在的 “亲华”和 “反华”等两派对华态度之间的更为复杂的相互影响。 中嶋教授将当前的日中关系描述为 “日中关系正反两方面的情况已经明朗化、综合化”。 中嶋教授指出,在疫情期间中,双边关系面临的挑战是如何根据已经显现的 “二元性 ”考虑如何与中国打交道。 他说,学生和其他年轻人可以从积极的意义上超越双方既有的交流历史。他说:“相互理解可能会以不同的方式发生,通过电影和动漫等基于文化的交流,而不是政治和经济。” 人与人之间的联系:网上国际交流的现状 除了出国留学,提供了解其他国家机会的学生组织活动也受到影响。 每年举办一次中日大学生交流活动的日中学生会议,由于新冠传染病蔓延,决定2020年取消举办活动。 该学生团体成立于1986年,曾在中国和日本轮流举办活动。学生们在一起生活三周时间,围绕历史、教育、媒体、体育等7个话题进行讨论和深化交流。 但今年由于疫情限制了人员流动,虽然他们考虑过在网上举办活动,但我们认为这样不是一个有凝聚力的活动。 22岁的中方第39届执委会主席李小萌说,他们不仅考虑到网上举办活动的技术问题,还考虑到舆论的影响,所以决定不举办。中国在疫情初期反应在国际上受到了批评,同时也有其他种种因素可能影响这一活动。 24岁的委员会副主席李冠儒仍想举办活动,但最终决定不办,他说:“在网上无法重现面对面交流的感觉。这就是为什么我们决定,如果需要线上举办的话,就把活动推迟一年。” 虽然2020年的第39届活动被推迟,但接力棒已经传递到2021年的第40届活动,通过在Facebook等社交网站上传播日本和中国文化信息。 组委会前主席李女士说:“我希望我们通过发布有趣的内容来缓解新冠疫情的焦虑。”  2020年11月由新成员组成了第40届执委会,并将争取8月在中国举办线下活动,但线上举办活动的后备计划也在筹备。 第40届日方执委会主席、21岁的金田彩音说:“我认为,如果可以把这次日中初中会议办好,就能以新的方式为日中友好做出贡献。我想希望不同的角度,融合日本和中国的各种观念,打造一个永远留在我心中的会议。 参与日中交流以及日中学生会议的RLead Asia于2020年8月22日至23日在网上举办了一场活动,这在组委会中引起了争议,因为大家对于在网上而不是面对面地举行活动有不同意见。 22岁的组委会主席刘氷森说,活动决定这样举行是因为不想浪费迄今为止已经埋下的“中日交流的种子”。 RLeadContinue reading “新冠凸显了中日关系的 “二元性”——展望包括“批判性”和文化交流的对话”

暗い海の上に、美しい朝日が昇るとき。コロナ禍という”危機”の中で原発事故の記憶をたどる

「災害にどう備え、どう対処したかで自然災害は人災に変わる」。そう語るのは元国連大学研究員で現在は日豪で教鞭を執るクリストファー・ホブソン博士。起こり得ないと過信され、甚大な被害をもたらす”テイルリスク”を孕んでいた原発事故とパンデミックに共通する課題や教訓を、私たちはどう今後に活かしていけるのでしょうか?話を聞きました。

日中関係の「二面性」、コロナ禍で浮き彫りにーー”批判”も含む対話を、文化交流に期待

新型コロナ感染拡大により国境を超えた人的往来が制限される中、留学断念や休学を余儀なくされる学生が増えています。一方で、「繋がり」を絶やすまいと今できることを懸命に模索する学生も。新しい時代の日中文化交流のあり方について、専門家の方々と考えます。

In the bleakest of times, resilience and continuity prevail

A decade in, Dr. Christopher Hobsons reflects on the 3/11 triple disasters, and draws upon similarities with the current pandemic. Highlighting problems of trust and communication, he provides a sober reminder to look for continuity instead of change amidst crises.

Will the #hashtag destroy or reconstruct our communication?

A look into what could potentially be more dangerous than a “terrorist” attack by Kaori Kohyama, Beatrix Lim, Liming Chew In Japan, talking about politics in a public sphere is almost as taboo as sex. This unwritten culture, in turn, contributes to the neglect of hate-speech flowing both online and offline in the name ofContinue reading “Will the #hashtag destroy or reconstruct our communication?”

ヒトの相互作用の中で移りゆく文化・芸術を、繋がりから見つめる。第3回ワークショップ「アートから見る次世代の日韓関係〜ナショナリズムの枠を超えて〜」

graphic recording by Chan Wai THE LEADS ASIAが2020/21冬期に開催しているワークショップシリーズ「Conversation of Tangible Memories (“有形”記憶の対話)」。 第一回のワークショップ「When Urban Communication Meets Transnational Asia」、第二回「21世紀における歴史の継承と挑戦」に引き続き、第三回目となる「アートから見る次世代の日韓関係〜ナショナリズムの枠を超えて〜」が、1月29日にZoomを介して開催されました。 ゲストスピーカーとして招かれたのは、スイス・チューリッヒ大学に位置する美術史研究所にて東アジア美術史を担当する、ハンス・ビャーネ・トムセン教授。 日本と韓国を中心にした約50名の参加者が世界中から集まり、美術史や現存のアート作品を通じて日韓関係をみたときに生まれる問題や、ナショナリズムの狭隘な枠を超えた、新しい二ヶ国関係を考えるきっかけになるお話を聞きました。 ハンス・ビャーネ・トムセン教授「アートから見る次世代の日韓関係〜ナショナリズムの枠を超えて〜」 トムセン教授のお話はまず、スイスにおける日本と韓国の美術作品、いわゆる”東洋美術”についてからスタートしました。 スイスは内陸に位置する国でありながら、中世においてはヨーロッパにおける「文化の中継地」として特別な意味や役割を持っていました。 そして限られた資源や文化的接触を補うためにスイスの人々は貿易にも積極的で、みずから外地へと赴くことも早期から文化として根づいていました。 トムセン教授が2007年に初めてスイスに来たとき、東アジア(日本、韓国、中国)の美術を展示する美術館はチューリッヒとジュネーブに2件ほどしか存在していませんでした。 しかし、国内の50以上の美術館における研究を通じて、実はこうした「東アジア美術」に分類されうる作品が数多く存在していることが明らかになったのです。 トムセン教授は作品の分類のされ方について「日本、中国、韓国のどれに属するかについてはまったく議論されず、何が何なのか分からないほどごちゃ混ぜに保存・分類されていた」と語ります。 背景には、これらの作品が東アジアへ渡ったスイス人たちによってもたらされ、地方の美術館へ寄付されたときに専門家がおらず、「Exotic East (未開の極東)」から来たという情報しか共有されなかったという事情がありました。 トムセン教授はこの「東アジアへ渡ったスイス人」について着目します。 日本・韓国に渡ったスイス人たち 横浜におけるシルク貿易 スイス人使者たちは、シルクの輸入や時計の輸出などさまざまな物の貿易のために日本を訪れていました。彼らはたいてい長期に渡って滞在し、実際に言葉や文化を学んだあと芸術作品を各地から集め、故郷スイスへと持ち帰りました。 当時のヨーロッパは度重なる伝染病や不幸によって養蚕がうまく行かず、代わりとなる養蚕方法や質の高いシルクの仕入れ先を探していました。そこでスイス人使者たちは上垣守国著「養蚕秘録」(1802年)を持ち帰り、1848年に出版されたフランス語版はヨーロッパ中に広まりました。そして日本製のシルクは高い評価を得て、”モノ”を介した強い繋がりが生まれました。 このように比較的小さな国土と限られた資源の中で貿易によって事業を成功させていったスイス人たち。しかし現地での活動には言葉や文化の違いをはじめ、さまざまな困難が伴うはずです。彼らは日本で実際にどのような暮らしを送っていたのでしょうか? 教授は1864年から約36年間にわたり日本に滞在したチャールズ・チーグラー(Charles Ziegler)の事例を用いて説明します。 チーグラーはまず、二人のスイス人を同僚として来日させました。しかし彼の会社の管理職はそれ以外はみな東アジア人で構成されていました。横浜以前に長い養蚕の歴史を持つ中国・広州から数名を配置したほか、英語を話し貿易についても豊富な知識を持つ中国人たちは、日本人と筆談で意思疎通ができるためにとても重宝された存在でした。 さまざまな国籍の人員からなる彼のチームは、ときに同席で夕食を囲んだり、またみなで各地へ旅行に行ったりと、フランクな関係性を保っていました。 このように、横浜における国際性の高さ、また多文化が共存する環境は当たり前のものとして存在していたのだと言います。 韓国に渡ったスイス人 トムソン教授が韓国におけるスイス人の軌跡として例にあげたのは、当時日本や韓国、中国で外交官としてキャリアを築いていたポール・リッター(Paul Ritter)。 この時期を境に、韓国美術や芸術作品のスイスへの流入が始まりました。2007年から行われた調査では、スイス国内の美術館に偏在する韓国美術の作品が新たに多く発見されました。 “在外秘宝”:アートがナショナリズムと結びつくとき スイスに偏在していた東アジアを起源とする美術品の数々は、島田修二郎編「在外秘宝:欧米収蔵日本絵画集成」(1969)にちなんで「在外秘宝プロジェクト」と名づけられた調査によって各地で”再発見”されました。 国外における”国の秘宝”の全貌を明らかにする取り組みは、日本以外にも韓国や中国で近年盛んになっている動きだと教授は語ります。その「国立美術」調査の特徴・目的としては、以下のようなものが挙げられます。 名品探し 失われた日本美術品の発見 在外美術品を日本国内での美術史とつなぐ 外国における文脈を無視した観点による研究 外国にある美術品を「故郷」である日本とつなぐ ですが、このような美術史における現代の枠組みでの「国立美術」確立に向けた取り組みには、危険性も伴うとトムセン教授は指摘します。 「5000年の歴史」の誇りに潜むワナ 東アジア地域の国々では英語だけでなくそれぞれの言語においても、「韓国・4000年の音楽史」「日本・焼き物4000年の歴史」「中国・4000年の書道史」などの表現が多く見受けられます。Continue reading “ヒトの相互作用の中で移りゆく文化・芸術を、繋がりから見つめる。第3回ワークショップ「アートから見る次世代の日韓関係〜ナショナリズムの枠を超えて〜」”

Workshop Series Vol.1「When Urban Communication Meets Transnational Asia」(THE LEADS ASIA exclusive)

 As the first installment of the “Conversation of Tangible Memories” series, we have invited Professor Kyungmook Kim of the Institute of Korean Studies, Waseda University, to give a guest lecture on “When Urban Communication Meets Transnational Asia” to THE LEADS ASIA’s core members. The purpose of this series is to spark a constructive dialogue aboutContinue reading “Workshop Series Vol.1「When Urban Communication Meets Transnational Asia」(THE LEADS ASIA exclusive)”

抵制社交媒体上的仇外心理与厌女症: 基于日本和德国的观察

翻译: 郭雨辰采访: 周礼旻撰文: 林沁彤, 神山馨 透视日本政坛的赛博厌女现象 8月28日,日本政治史上时间执政时间最长的政府终于宣告结束。 作为任职时间最长的领导人,安倍晋三(Shinzo Abe)列举了他不断恶化的健康状况等理由提前终止了任期。 广为流传他长期受溃疡性结肠炎困扰,他前一次任期也同样是以此为离职理由。这一消息收到的反响各异。 许多人都对他的状况产生了富有同情的关注,如鹤野刚士等公众人物在推特上对这位首相表达的赞扬。然而,也有些人对他离职背后的政治动机表示怀疑,尤其是在口罩分发等新冠应对措施广受谴责,对于检察官丑闻、森友学园事件等的应对举措引发强烈不满的背景下。 立宪民主党女政治家石垣纪子(Noriko Ishigaki)在安倍辞职当天在推特上提到安倍晋三是“一位糟糕的危机管理者,习惯性地在关键时刻搞砸自己的身体”。她的一连串推文遭到大量批评,许多人呼吁收回这些言论并道歉。 后来,石垣在Twitter上进一步阐述了她的观点,但并不令人意外地,同样遭到了批评。 这些批评很快病毒式传播,带上她的名字和“#我要求石垣纪子代表辞职”的话题标签,呼吁她辞职的讯息在推特整天挂在日本热搜趋势上。也有包括演员松尾隆在内的其他知名人士,在《每日新闻》上撰写了专栏,以及编剧町山智久也同样在社交媒体上表达了自己的不赞同。然而,石垣纪子所受到的批评的程度显然与其他发表过类似言论的人不同,她的第一条推特就屡遭到单独的批评,尽管她后来发文列举安倍政府在过去7年中所犯下种种可能存在违宪的罪行来进行解释。 “我不想在日本当女政治家,”目前在德国埃尔兰根-纽伦堡大学任教的政治学家和日本学家费边-舍费尔教授笑着说。 他最初接触日本文化是他在政治学本科时通过在枥木县的寄宿家庭,这激发了他对日本研究的热情。最近,他与人合著了一项研究,将网络空间对日本在野党女性政治家的言语攻击可视化,认为其严厉程度和攻击频率远高于针对男性、尤其是执政的自民党政治家。 日本的政治格局总体上仍然是以男性为主,众多因素使女性难以在政治上保持成功(Miura, 2017)。此外,道尔顿(2015,2017)曾对日本女性政客的性骚扰进行了深入研究,其研究建立在对日本自由民主党(LDP)和日本民主党(DPJ)成员以及女权主义者联盟(Femiren)成员的访谈的基础上,研究认为,尽管性骚扰一直是当代日本政治中的一个持续问题,但很少公开地得到处理和解决:日本政治中女性所遭受的暴力是广泛而多样的,从性别歧视到沉默甚至是不必要的身体接触。然而,对妇女的骚扰很少被作为一个问题进行讨论,更不用说对妇女的暴力了——从这个意义上讲,它仍然是隐藏的。我认为,造成这种现象的原因之一是,在一种对女性进行性剥削是如此普遍的文化中,人们很难清楚地阐明什么构成了性骚扰。 (道尔顿2017,216) 在对女性的外表进行主题化处理(评论其外貌和着装方式)在日本仍然很普遍的同时,舍费尔博士也发现女性政治人物受到不断攻击的方式也主要基于其外表 ,而不是他们的政治议题。 “有趣的是,互联网上的极右派利用大量讽刺和新词,对女性政治家进行这种厌女的攻击。 他们创造了很多新词来攻击一个人,看上去似乎只是单纯的游戏或日语的“Neta”,而非性别歧视或某些政治意识形态。” 舍费尔教授补充说:“但是,这不应该被误以为只是开玩笑,因为它一方面它对遭受这种言语虐待的对象有伤害性,另一方面又在加重对性别歧视和厌女症的合理化。” 一个你可以任意贴到敌人身上的魔术标签 然而,当批评女性政客时,厌女似乎不是批评者唯一的武器。 另一种形式的歧视也经常发生。 例如,反对党的女政治家雷尼奥(Renho)因为拥有一半台湾和一半日本血统,她在性别和种族上都受到了攻击。 舍费尔博士说:“这就是我们所说的叠加歧视。” 舍费尔博士先前的论文《日本2014年大选:政治机器人,右翼互联网活动家和首相安倍晋三的隐藏民族主义议程》,讨论了互联网右翼分子如何将种族主义和仇外主义的话语 用作“框架桥梁”来攻击政治上反对派、或者仅仅是不喜欢的人。 ‘Hannichi(反日)’或 ‘Zainichi’(在日本的外国人:通常指韩国或中国后裔)的标签可以起到联系民族主义话语和某些政治观点的作用,作为“空洞的能指”(empty signifier)。 同样,在攻击女性政客时出现了“反日女权主义者”的论述。 除了因婚外情被言语攻击外,在我们的样本推文中,山尾还被指责为 “反日”(hannichi)。在这条推特中,山尾的名字和其他女政客一起出现,这些女政客不仅被指责为 “反日”,并且被形容为 “不漂亮”。 【推文大意】20180323_055341,@****:#抗日政客#仁和#仁和#津本清美#福岛瑞穗#山毛诗织 我不能说这些反日政客很美。 只是内心不如外在美。https://t.co/bXyIDulQ0O。. . . . . .20180323_055341,@****:#反日政客#仁和#津本清美。#福岛瑞穗#山尾千织不能真的说#反日女的。政治家都是漂亮的吧,正如人们所期待的那样,内忧外患,不是吗? “反日 “一词是日本网络右翼分子用来攻击政敌的行话的中心词,指控对方的行为“对抗”其本国人们—“日本人”。这是本土主义者和右翼民粹主义者非常常见的修辞策略,他们可以据此将自己定位为唯一一个专门代表 “人民”并为其说话的人。换句话说,山尾和这条推特中标签中的其他女性政客一起,被公开驱逐出 “日本人”这个民族共同体。此外,推特中的链接还涉及到另一条推特,上面有这四位政客非常不雅的照片。因此,这些女政客不仅因为她们所谓的 “反日”态度而受到攻击,而且还因为日本女性经常被评头论足的东西,即她们的外貌而受到攻击。 (Tamara Fuchs, Fabian Schafer “Normalizing misogyny: hate speech and verbal abuse of female politiciansContinue reading “抵制社交媒体上的仇外心理与厌女症: 基于日本和德国的观察”

SNS에서 넘치는 여성 차별과 혐오 발언. 근원을 좇아서 살펴보는 일본과 독일의 사례 (상)

번역: 박주미인터뷰: 슈 리이민편집: 임베어트릭스, 고우야마 카오리 트위터로 보는 정치와 여성차별 8월 28일, 아베 수상이 건강 상태의 악화를 이유로 사퇴해서 최장기 정권이 드디어 종지부를 찍었다. 그 퇴진에 대한 반응은 다양했다. 예를 들어 츠루노 타케시와 같은 탤런트가 전 수상을 칭송하는 트위터가 6만개의 리트윗과 22만개의 좋아요를 획득했는가 하면, 반대로 마이니치 신문에 기고한 배우 마쓰오 타카시와 각본가 마치야마 토모히로등의 저명인은 SNS상에서 아베 수상 퇴임의 정치적 동기에Continue reading “SNS에서 넘치는 여성 차별과 혐오 발언. 근원을 좇아서 살펴보는 일본과 독일의 사례 (상)”

SNS上に溢れる、女性差別や人種ヘイト。日本とドイツの事例から、根源をたどる(上)

SNS上やインターネットにおけるヘイトや誹謗中傷。政治家やジャーナリストだけでなく一般人も、野放しの批判の対象にされるか分かりません。

今回は、日本政治界における女性議員に対してSNS上において展開される攻撃の言論を解析し、「フレーム架橋」の概念で説明をしたドイツ・エアランゲン=ニュルンベルク大学の教授ファビアン・シェーファー氏にインタビューしました。

これら過激な根源にあるのは一体何なのか?私たち市民ができることとは?

「この現象を考えるには、過激な差別的言論が表出化する何十年も前から深く歴史に根付いている、構造的な理由を鑑みる必要があります」と語る教授に、ヨーロッパとアジアで大きく異なった戦後の国際政治上の事情と現代社会との繋がりについてお話を聞きました。

上下版でお届けします。

Countering Xenophobia and Misogyny on Social Media: Japan and Germany

▪️Special Interview▪️
Countering Misogyny and Xenophobic discourse on Social Media (part 1)

With the functionality of Social Media, „hate-speech and radical discourse can be taken out from the context and travel around the world,“ says Dr. Schäfer, a Political Scientist and a Japanologist at Erlangen-Nuremberg University in Germany.

THE LEADS ASIA conducted a series of interviews delving into the true cause of this global trend of discrimination and xenophobic discourse.

The first article features two papers written by Dr. Schäfer, which visualized the socio-political function of Social Media in further promoting hates.

The labelling of Anti-Japanese (反日)/Anti-German (Anti-Deutsch) often takes place both in Japanese and German society in a similar way. The function of this labeling as „framing bridge“ to attack certain people in the cyberspace, however, has very different landscapes roots in the post-colonial orders differed immensely in Asia and Europe, according to Dr. Schäfer.

How could we counter the hates in cyberspace?
How should we live with Social Media?

#SocialMediaCommunication #framingbridge #discrimination #Xenophobia in #AsiaandEurope #Misogyny #AntiJapanese #AntiDeutsch #Japanologie #TheLeadsAsia

注重德育,更多艺术,找寻成长的智慧​​​​​​​​ —专访指挥家黎志華

 在我们上一次“DIALOGUE4.0”的讨论中,来自亚洲各地的教育者和学生分享了每个国家在新冠疫情之下学校教育的情况,一同探讨了正在热议的“在线或离线”辩论,以及新的授课方法的积极和消极方面。   最初由工业化兴起而建构的公共教育的原始定义,引起了参与者的质疑:它仍然适用于我们今天生活的世界吗?除了教授数学和英语外,公立学校的核心作用是什么?学校如何帮助并引导孩子们追求他们自己想要的生活?  为了回答这些悬而未决的问题,我们采访了新加坡国立大学杨秀桃音乐学院的管弦乐队首席指挥,同时也是指导人们寻找自己的生活道路的人生导师黎志華 (Jason Lai) 先生。黎志華以他丰富的生活经验和坚定的品行,向我们讲述了教育的深层含义,这个概念对他意义深远。 “我会按照学生的步调来设计学习节奏,废除成绩打分,并向对待数学和英语一样对重视道德和品行” 很多人都会说,教育是开启美好未来的关键。然而黎志華解释说,认为数学和英语确保成就成功的未来,这种思维是很限制性的,认为这是“更好地了解自己的关键,这样你就可以开始与世界互动”。 “教育可以有各种形式。 我们都有不同的天赋和技能组合。我认为一流的学校会认可这一点,而不是让每个人在生活的特定阶段必须处于某个特定的水准,这实际上会毁掉人们。” 他强调了学校教育传授的道德品行的重要性。在现在的趋势下,道德的重要性很容易被忽视,孩子们被告诉生活完全是为了实现目标,达到目标,有所成就。而黎志華认为,对于孩子来说,更重要的是“探索事物的能力,并且在那个领域内感到安全”。 “成年人会说: ‘生活是一个丛林,所以你必须强大,否则你就会在甚或中失败。’“ 我不同意这个观点,如果你不断地被期望你获得好成绩的父母所施压,那么你自己的位置到底在哪里? 你只是一个学习机器,只是学会机械重复事实,而没有真的学会任何东西。”  黎志華从父母身上学到的职业道德感和乐于助人,比他在学校的学习,给他留下了更深刻的影响。黎一家在英语并不流利的情况下从香港搬到英国。“我认识到,要从头开始积累一些东西,赚取每天的食物是多么困难,他们别无选择。 也许因为他们过有这样的挣扎,我的父母总是在帮助有需要的人。 我想我从未忘记这一点。” 因此,他的经验和教训可以归结为 “如果我要重建学校,我会按照学生的步调来设计学习节奏,废除成绩打分,并向对待数学和英语一样对重视道德和品行”。 人生有高低起跌超越目标的动力和背后故事 黎志華认为自己在幼儿时代是一个很普通的孩子,不像其他许多人那样真正地知道人生目标。 然而,在10岁时遇到音乐成为了他一生的转折点。 “从我刚开始接触音乐时就知道,这将是我想要在生活中专注的事情。” 他在专业音乐学校度过的三年是他一生中最美好的时光,这所学校“不会在意你来自什么背景的,而仅仅是关于你如何演奏乐器:来吧,我们会为您提供帮助,培养你的能力并激发你成为音乐家。” 反而是他后来在牛津大学度过的4年对他来说成为了一段艰难的时期。 “这不是这所大学的错,而是我试图在我一生的尴尬时期中找到自己。” 黎志華感觉自己不适应环境,他被冒名顶替综合症(Imposter Syndrome)困住了,他说一生都受到茂名顶替综合症的困扰。黎志華这个在每个人眼中都是无可争议的成功人士,对我们说了他小时候的故事”。 “当6岁开始第一年的学业时,每个人程度都是相同的。 然后第二年,我被选为在“尖子层”学习,这一级被认为是聪明或有能力的孩子。 我很高兴能被选入那里” 但是在第三年,黎志華被降级为B级。 “我仍然记得尝试去阅读发给父母的信,试图去理解他们为什么觉得我必须降级。” 学校说黎志華缺乏信心,他需要建立更多的技能。 “我记得感到羞愧,感到自己不够好,不够优秀。 我认为这是在我之后的人生中一直伴随着我的东西——试图向世人证明我足够出色。” 在第四年他仍然是在B级班,但这时候黎志華的心态已经变化了:“我记得曾对自己说:如果我是在B级,那我要做B级中最好的,然后我要帮助其他人。” 在那之后,黎志華会刻意尽快完成他的工作,从而可以帮助他人。他回忆说:“这并不总是一件好事,我会因为做得太快而犯错误,但我真的很想帮助其他同学。” 尽管经历了苦乐参半的回忆,其中一些对于十几岁的人来说也是痛苦的,但是黎志華并没有用太负面的解释来看待这段经历。“ 当人们拥有‘背景故事’ 时,他们往往会比相信自己是完美的、聪明和有吸引力的,更努力推动自己前进。” 艺术和文化是生活中的诗篇 上个月,新加坡的一项令人震惊的调查显示“社会上最不必要的工作”是艺术家,接受调查的人中有70%同意这一点。 然而,在持续的疫情大流行中,人们在面对漫长而未知的居家时间的困境,再次使人们质疑对艺术家的这种集体低估。 黎志華提醒我们,艺术和文化的功用是“滋养人们的灵魂” “看看人们在疫情之下在做什么是很有趣的,人们在读书,看电影,听音乐。这些是什么呢? 这些都是艺术。” 艺术给我们的生活实际带来的影响远远超过我们所认知到的,“在我们忙碌的生活中,我们需要养活孩子,需要工作来支付汽油费。 还剩下什么? 所有其他空间都可以用艺术和文化来填满。 在这个渴望权力和追逐金钱的理性世界中,很容易忘记我们需要以更持久的方式与灵魂保持联系,而你可以通过艺术和文化来触碰到灵魂。”  艺术的意义不仅仅是装饰性的、功能性的娱乐休闲。尽管他以前“从来不是诗歌的粉丝”,他最近才开深深刻理解诗歌的含义,难以置信的美丽和重要性。 “是个可以说出这个世界上无法直接说出的话。。一行诗可以蕴含整整一代人的思想。我认为艺术和文化只是生活中我们没有看见或者看不见的诗。” 黎志華进一步指出,艺术的一个重要方面是能够激发想象力,这会帮助人们成长。“小时候,我一直喜欢故事。当一个孩子听到故事时,他们突然想象自己在那个地方。这是一种奇妙的从现实生活的逃脱和进入某种你探索的事物。”他认为这在当今尤为重要,“因为这种向权力,金钱,最后期限和股东满意的方向的追逐。”因此,除了道德和品行之外,黎志華还建议艺术教育应当更多地参与学校,而不是更少地参与。 毫不犹豫地寻找良师益友Continue reading “注重德育,更多艺术,找寻成长的智慧​​​​​​​​ —专访指挥家黎志華”

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