2018年1月、一頭のゾウが中国からラオスへ「越境」した。
このゾウはいとも簡単に検問所を越え、国境を跨ぐと、ラオス側へと入っていった。そのおよそ2時間後、このゾウは再び「越境」し、中国側へと戻っていった。
ゾウが国境を越えて、のそのそと歩みを進めるあいだ、検問所の兵士たちはただその様子を眺めるだけだったという。
しかし、国境を越えようとするのが人間であれば、そうはいかない。
「境界線」を、つくるのもまたぐのも、人間自身
人間が国境を越えようとするならば、国家が発行するパスポートの提示が必要となり、その移動は管理される。ここに、近代以降に出現した主権国家間の国境は人間によって「つくりあげられた」ものであることが見て取れる。
「つくりあげられた」と言っても、その境界線は目には見えない。もちろん、例えば国境に沿ったフェンスなどの物理的な建造物があれば、その国境を「見る」こともできるだろう。しかし、その建造物はあくまでも境界線の存在を表象した代替物でしかなく、国境という抽象的な概念そのものを視認することは誰にもできない。
いまの日本の国境とされるエリアを思い浮かべれば気が付くだろう。そこにはただ海が広がっているだけであり、障害物など存在しない。すなわち、国境とは所与のものではないのだ。むしろ、条約や法律という人為的な営みによって生み出された概念を人びとが認識し、共有することで、はじめて想像の上に「つくりあげられる」。国境という明確な境界線があたかもそこに実線として存在するかのように私たちは想像させられているにすぎないのだ。

存在はしたけれど、常に乗り越えようとされてきた壁
近代以降、二度の世界大戦や東西冷戦に代表されるように、この目に見えない国境の「壁」が高くそびえたつ瞬間もたびたびあった。国際的、あるいは非国際的な紛争、そしてそれにともなう難民や避難民の発生、テロリズムなどは国境を越えた問題となり、それぞれの国家はこれらの問題が生じるたびに国境の管理を強化した。一方で、その壁をできるだけ低くしようとする試みがなされてきたこともまた事実だ。
移動や通信の技術が向上するにつれて、国際的な人の移動は活発になり、多国籍企業が世界経済に大きな影響力を持つようになった。経済的な相互依存関係や、文化的な国際交流が進む中で、「ボーダーレス化」(国境を越えて地球規模で拡大すること)は国家のみならず、非国家主体によっても深まっていった。
国境を越えやすくなった現代の国際関係は、もはや政府間の関係だけでは捉えきれなくなっている。特に現代社会では、国家間の人の移動は国際的な政治経済活動にとって重要な役割を果たしている。
そしてその役割を担うアクターの一つが、国を越えて学ぶ留学生の存在だ。
いにしえから続いてきた、留学という「越境」
生まれた土地を離れ、異国の地で新しいことを学ぶという意味で言えば、留学の歴史はとても古い。日本列島と中国大陸の間では、近代的な国民国家の成立よりはるか前から、双方向への人の移動が行われていた。例えば遣隋使や遣唐使にともなって派遣された留学生(るがくしょう)や留学僧(るがくそう)※は日本列島から中国大陸へと渡り、そこで最先端の知識や技術を学んで帰ってきた。吉備真備や空海などが有名な例だ。
※ 留学生(僧)とは、「遣隋使・遣唐使に随伴して隋・唐に留学した学生」のことである。遣唐使に随伴した留学生の場合、「次回の使節が到来するまでの間、八世紀以降では十五~二十年の長期にわたり、さまざまな学芸修得に励んだ」(鈴木靖民(監)、高久健二・田中史生・浜田久美子(編)(2021)『古代日本対外交流史事典』八木書店、p.177)。
また、中国大陸からも多くの留学生が来日した。例えば早稲田大学では1899年以降、西洋式の近代国家建設を目指す清国からの留学生を多く受け入れてきた。1905年には「清国留学生部」が開校し、入学した清国からの留学生は1,000~1,500名を数えたという。

現代では日本に留学する中国人学生の数は増加の一途をたどり、2019年度には、124,436名もの中国人留学生が来日した。留学のために日本を訪れる外国人留学生のうち、中国国籍の学生の割合は39.9%に達し、最多を占めた。また、日本学生支援機構の「日本人学生留学状況調査結果」によると、同年度における日本から中国への留学生は合計6,184名。これは同年度の国(地域)別ではイギリスに次いで6番目に多い留学先となった。
このような留学生数の増加は、トランスナショナルな世界の深化によって国際的な人の移動がさらに活発化してきたことを示している。
日本から世界への留学生98.6%減少—「国境」の壁、パンデミックが浮き彫りに
2019年末から世界的に流行した新型コロナウイルスは、突如としてこの潮流を変化させた。各国家が感染症の流行を抑えるために国境を閉ざし、水際対策を強化したからだ。
例えば日本政府は、2020年3月9日午前0時から、中国や韓国にある日本大使館や総領事館で発給されたビザの効力を停止し、日本への入国を制限した。また、中国政府は同年3月28日午前0時から、一部の例外を除いてすべての外国人のビザの有効性を停止した。これらの政策によって、人の国際的な移動は大きく制限されたのである。
このような水際対策によって、留学生たちは大きな打撃を受けた。2020年度の(オンライン授業を除く)日本人留学生の数は世界全体でわずか1,487名に留まった。2019年度の107,346名に比べて、実に98.6%の減少だ。
日本政府が発給した留学ビザの数も減少した。日本の外務省が毎年発表している「ビザ(査証)発給統計」によれば、2019年に中国国籍保有者に対して発給された留学ビザの件数が47,953件だったのに対して、翌2020年は25,995件にまで落ち込み、前年の約半分に留まった。2021年における留学ビザの発給件数は現時点ではまだ公表されていないが、感染症流行前の水準とまではいかないだろう。

TLAの記事に詳しいように、日本から中国への留学が決まっていても留学ビザを受け取れず、未だに越境することができていない学生も多い。留学先に渡航したいにもかかわらず、実現できない彼らにとって、目の前の現実は受け入れがたいものだろう。
かく言う筆者自身も、中国の大学院に所属しながらも現地に渡航できていない留学生の一人である。「もしコロナがなければ」、「もし渡航できていれば」。新たな感染症が流行することのなかった世界を想像すれば切りがない。留学によって得られたであろう友人、知見、語学力。言い出せば枚挙にいとまがなく、これらを得る機会すら与えられなかった現実を思えば実にやるせがない。中国に渡航できていれば、また違った未来が待っていたのだろう。
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人の往来が停滞すれば、相手国への印象に影響も
こうした留学生の減少は、日中関係にも影響を与えつつある。特に懸念されるのが、民間レベルの関係改善の行き詰まりだ。現在の日中関係における課題の一つは、政府レベルの関係改善に民間レベルの関係改善が呼応していないことであり、特に日本人の対中イメージの改善が進んでいない。
新型コロナウイルスの流行前、日本と中国は政府レベルでは関係改善の基調にあった。加えて、このパンデミックが原因で両国の政治関係が悪化したとは必ずしも言えない。2018年に安倍元首相や習近平国家主席が、日中関係は「正常な軌道に戻った」との認識を示したほか、2021年の日中首脳電話会談で岸田首相は、「日中国交正常化50周年である来年を契機」に「建設的かつ安定的な関係を共に構築していかなければならない」と述べ、習近平国家主席もまたそれに同意した。
一方で、民間レベル、特に日本人の対中感情はこの関係改善の波に乗らなかった。
言論NPOの「第17回日中共同世論調査」によると、日本と中国の政治関係が「正常な軌道に戻った」と評価された2018年、日本人の実に86.3%が中国に対して好ましくない印象を持っていた。反対に、好ましい対中イメージを持っている日本人は13.1%にすぎなかった。

コロナ禍で国境が閉ざされた後の2021年には、日本人の対中イメージはさらに悪化した。90.9%もの日本人が中国に対して好ましくない印象を持つようになったと同時に、中国に対して好ましい印象を持つ日本人はわずか9.0%と、1割を下回る結果となった。
日本と中国の間の国境が閉ざされ、人の相互移動がこのまま停滞することで、今後相手国への認識のギャップがさらに広がる恐れがある。言論NPO代表の工藤泰志氏は「なぜ、日本人に中国へのマイナス印象が大きいのか」という記事の中で、相手国への渡航経験の有無がその国への印象に大きな影響を及ぼすことを示唆している。
同団体が行った調査によれば、日本への渡航経験のある中国人の対日印象は、渡航経験がない人に比べて、はるかに良好であった。この点から、渡航経験の有無が相手国の印象に直接影響を与えることが見えてくる。
ところが、中国に渡航したことのある日本人の割合は伸び悩んでいる。日本人で中国を訪問した経験を持つ人の割合は、同調査が始まった2005年以降ほとんど変化しておらず、2018年の調査でも回答者全体の14.4%に留まったという。
これらのデータを踏まえて工藤氏は、日本の対中イメージが改善しない原因は情報源にあると分析する。つまり、そもそも中国を訪れる人の数が増加していない日本では、日本人の中国への印象が報道によって影響される傾向が強く、そのために多くの日本人が米中対立など困難な国際情勢に不安感を高めているとの指摘だ。
留学生の減少が意味するもの。それは、相手国への渡航経験者の減少だ。これは、民間レベルの関係改善にとって決して好ましいものではないだろう。実際に中国に渡航し、現実の中国をその目で見た「知中派」の存在が日中の民間レベルの関係改善のために重要となるからだ。報道からだけでは得られない一次情報に直接触れることで、新たな見方が生まれ、今後の日中関係を建設的に考えるきっかけが生まれるのである。
新型コロナウイルスの流行は、日本と中国の国境の壁を短期的に高めただけでなく、両国民の間の心理的な壁を長期的に高めてしまうことにもつながりかねない。
パンデミックが今後、両国の関係に与える影響は計り知れない。

留学生の前に高くそびえる国境の「壁」
「国境が開かれる」「国境が閉ざされる」——国境はしばしば「開く」や「閉ざす」という動詞とともに使われる。しかしこの表現には、「国家によって」という言葉が省略されているように感じられる。つまり、一個人に国境を開いたり閉ざしたりする裁量はないのである。ひとたび国境が閉ざされれば、個人は国境を跨ぐことはできず、自国の領土内という、閉ざされた空間内での移動だけに限られる。
国際社会はこれまで国境の壁を低くするように取り組んできた。そうすることで、人びとの国境を越えた相互理解の促進につながったと同時に、私たち自身の中で国境という存在が「無意識化」していくようになった。国と国とを隔てる国境の存在は確かにそこにあったけれど、私たちはそれを簡単に乗り越えられるものであるかのように思い込んでいたし、実際そうだった。パスポートやビザさえあればどこにでも行けたパンデミック以前は、国境の存在を意識する場面の方が少なかったのではないだろうか。
しかし、感染症の流行によって2019年末から人の往来が制限されたことにより、この国境という目に見えない境界線の存在を意識せざるを得なくなった。「主権を行使する範囲を規定する」という近代の国境に与えられた本来の役割が顕在化し、私たちはそれを、図らずも再認識させられた。逆説的ではあるが、新たな感染症の流行という”ボーダーレス”な問題によって、国と国とを隔てるはずの国境という存在がむしろ浮き彫りとなったのだ。
目には見えないが、越えられない国境という存在。留学生たちはその壁の高さを痛感し、その分厚さに打ちひしがれ、ただそれを茫然と見つめることしかできなかった。
国境によって行く手を妨げられることのない感染症は、さながら検問所を突破したゾウのようである。私たちにも、人間の手で作り上げられた国境の「壁」が再び低くなり、自由に「越境」できる日が戻ってくることを願ってやまない。