2021年12月のよく晴れた昼下がり、TLAのメンバー2人は早稲田駅に降り立った。
忙しそうに大学へ向かう学生たちや行き交う人たちで、駅は活気にあふれていた。プラットフォームに降りた瞬間のこの雰囲気が”ホーム”である彼らがなんだか羨ましい。2人にとってはこれまでまったく縁のなかった駅だが、もちろん、今回の訪問には理由がある。
2021年12月9日から21日まで早稲田大学・ワセダギャラリーにて開催された「カフェ・コーヒー・コリア Beyond the Border展」を訪ねるためだ。
主催は早稲田大学文化構想学部社会構築論系グローバルアジア研究ゼミ(金敬黙研究室)。身近な「カフェ空間」を切り口に、普段の生活の中では知らない韓国、そして日韓関係に出逢えるというコンセプトだ。そのほかにも、研究室での議論や研究、日々の活動の様子が一部公開されていた。

どうして、「カフェ」で「コーヒー」で「韓国」?
今の10代・20代にとって、「カフェ」と「韓国」は自然と結びつくものかもしれない。今、「韓国風カフェ」は若い世代、特に女性に人気がある。インスタグラムで「#韓国風カフェ」と検索すると約9万件もの投稿がヒットする。
筆者自身、大学時代に「お洒落な韓国のカフェ」に魅了された1人だ。韓国に行くたびに「どうして韓国にはこんなにカフェが多いんだ?」「どうしてこんなにお洒落な空間が街のいたるところに?」「メニューが豊富なうえにインスタ映えまで!」と驚いてばかりだった。
また2020年から大ヒットした「愛の不時着」「梨泰院クラス」、2021年の「イカゲーム」などは記憶に新しいが、韓国ドラマでもカフェは重要な役割を果たす——待ち合わせの場所でもあり、登場人物たちが真剣な話をする場所でもあり、美味しい食べ物を頬張ってエネルギーチャージをする場所でもある——そんな場面を見て韓国のカフェ文化に憧れる若者も多いのではないだろうか。
こうした現代の視点で見ることも可能だが、社会的な文脈でも「コーヒーハウス」がこれまでの歴史上で果たしてきた役割は非常に興味深い。例えば、コーヒーハウス発祥の国であるイギリスでは、議論が交わされる場所、ホットなニュースが人々の間で交換される場所としての地位を築いていた。
他国でも、人々が気軽に集まって考えを他者と共有し、団結し、そこから市民運動を展開してきた流れがある。そう考えると、「カフェ」は単にインスタグラムを彩る場所ではないことに気づかされる。
普段、大学で学術的な研究をする人たちがひらく、「カフェ×韓国」をテーマにした展示…。これはさまざまな側面から楽しめる面白い企画になりそうだ!と、さっそく会場へ急いだ。
韓国のコーヒーを片手に、ほっこり、じっくり考える
韓国産のコーヒーを片手に見て回ることができる展示は7つのブースに分かれていた。
1杯目:「日韓のもやもやを考えよう」
2杯目:「本当のアナタは鏡に映る?韓国×ルッキズム」
3杯目:「ジェンダーを咀嚼する」
4杯目:「韓国ブームと私たち」
5杯目:「SNSから見る韓国の学生生活」
6杯目:「≪特別企画≫丸の内プロジェクト*都市は一体誰のもの?」
そして最後は、韓国におけるコーヒーやカフェの歴史を時系列でたどる展示。
最初の展示は、最良の状態とは言えない現在の日韓関係について。そのあとは、韓国コスメや美容整形、ジェンダー、音楽やドラマ、グルメなどといった身近な文化について掘り下げる展示がつづく。ひと口に「韓国」と言ってもそのまなざしには実にさまざまなキーワードが存在するのだと驚かされた。
韓国の文化がこんなにもさまざまな切り口で10代・20代の日常に馴染んでいる国は、日本のほかには無いのではないだろうか。
一方で、若者にとっては当たり前に韓国と結びつくこれらのキーワードが、上の世代からすると「何故結びつくのかが分からない」という。今回の「カフェ」も然り。見えている「韓国像」が世代ごとに違う中で「日韓問題」を議論している現状がここからも浮き彫りになる。
声の大きな人たちにかき消されてしまう、「私たち」の日韓関係を守っていくために
2003年ごろの「冬のソナタ」に代表される第一次韓流ブームから現在の第四次韓流ブームまでの約20年間、筆者自身にも記憶がある韓流の変遷をたどるパネルを前に気づかされたことがある。それは、大衆文化を頼りに自然に親しんでいる「日常の韓国」は、主語の大きな歴史問題や政治の喧騒の中ではあっという間に存在をかき消されるということだ。
第二次と第三次のブームの間である2012~2013年。それは、まさに日常から「韓国」がパタリと消え去った時期だった。日韓関係が史上最悪と言われるまで冷え込んだ時期である。
現在24歳の私には鮮明な記憶として残っている時期なのだが、今の大学生に聞くとあまり思い出せないという。何をどの時期に見て、聞いて、経験したかによってまったく違う「日韓関係」「韓国」が存在していること。
ゆっくりと、でも確実に世代が移り変わる中で、わたしたちが大事にしたい関係を議論し、前に進めていく必要をひしひしと感じた。さまざまな要素が複雑に絡み合う日韓関係の難しさを再実感させられる展示でもあった。
共感の輪を拡げて、世代をつないでいく
個人的には自分の両親と一緒にこの展示を眺めながら会話をしたいと思った。
同世代・同性・似た教育背景のTLAのメンバーと展示をみた今回、お互い「わかる」という共感ベースに話が進んだ。だが、例えばもし私が父親とこの展示を見るならばそうはいかないだろう。
見てきた、聞いてきた、経験してきた歴史が違う人と一緒にコーヒーを片手に、フラットに話し合うことができたら、お互いの考え方をじっくり理解できる機会になるのではないか、と思う。
カフェは他愛のない「日常」を話す場所でいい。でももし、どうしても主語が大きくなってしまうテーマをあえてその「日常から」ひらき、話し合うことができたなら。今回の企画のように、それを知るための素材がその空間にあるならば…。世代間や社会のさまざまな亀裂に存在する溝を、少しずつ埋めていくことだって、まったく不可能ではないだろう。
内容もさることながら、企画のコンセプト自体も思慮に富んだ楽しい展示だった。

超絶パワーアップした「カフェ・コリア」が東京の街に!
じつはこの企画、パワーアップして帰ってくる。
今月21日から30日まで、原宿駅近くのカフェ dotcom space にて「カフェ・コーヒー・コリア Beyond the Border展」が開催される。
Dialogue For Peopleの代表としても活躍するフォトジャーナリストの安田菜津紀さんをはじめ、ジャーナリストの青木理さん、作家のドリアン助川さん、その他にもさまざまなジャンルで活躍する豪華なゲストを招いた毎日のトークイベントやワークショップも見どころとなっている。
そしてこれだけ盛りだくさんの内容ながら、なんと入場無料!
30名が定員のイベントは参加が先着順となっているため、急いで申し込みをした。
・申し込みはこちらから
「カフェ・コーヒー・コリア Beyond the Border展」
あのゲストも?!トーク&ワークショップ
・1月21日(火) 18:00 – 20:00 オープニングセレモニー
・1月22日(土) 18:00 – 20:00 対談「マイノリティー文学について」/深沢潮(小説家)
・1月23日(日)18:00 – 20:00 対談「ルーツをたどる旅」/安田菜津紀(フォトジャーナリスト)
・1月24日(月) 18:00 – 20:00 トーク「KYEUM SUDA 5」/グローバルアジア研究ゼミ+KYEUM SUDAメンバー
・1月25日(火)18:00 – 20:00 対談「メディアと日韓関係」/青木理(ジャーナリスト)
・1月26日(水) 18:00 – 20:00 対談「Art Brutを巡る旅」/小林瑞恵(アートディレクター)
・1月27日(木) 18:00 – 20:00 トーク「韓国人のライフスタイル:食とエンタメを中心に」/ CJ Japan
・1月28日(金) 18:00 – 20:00 ワークショップ「詩とラップとアイデンティティ」/FUNI(詩人・ラッパー)
・1月29日(土) 16:00 – 18:00 対談「絵本とコーヒー、そしてラジオ」/山中タイキ(イラストレーター、J-Waveパーソナリティ)
・1月29日(土) 18:00 – 20:00 対談「越境する文学」/ドリアン助川(作家)
・1月30日(日) 14:00 – 16:00 ワークショップ「社会人と日韓交流」/小田川興(元朝日新聞記者)+元日韓誠信学生通信使メンバー
展示の構成
・1章 年表でみる韓国の社会変動とコーヒー文化史
・2章 韓国文化を咀嚼する日韓のモヤモヤ/韓国とルッキズム/K文学とフェミニズム/韓国の若者のリアル
・3章 韓流ブームと日韓関係-第5次韓流ブームを占う
・4章 韓国人のライフスタイルとカフェ
・5章 Art Brut特別企画
・6章 「私とコーヒー」-イベント・ゲストのコーヒーにまつわる思い出とストーリー
開催概要
詳しくはこちらから:https://globalasianstudies.wordpress.com/social-gallery-kyeum/
期間:2021年1月21日~30日
場所:dotcom space (JR原宿駅毅田口より徒歩2分/東京メトロ明治神宮前駅より徒歩4分)
主催 カフェ・コーヒー・コリアBeyond the Border展 実行委員会
企画 Social Gallery KYEUM
協力 早稲田大学アジア研究所
早稲田大学韓国学研究所
早稲田大学文化構想学部グローバルアジア研究ゼミ
社会福祉法人愛成会
後援 Korea Foundation
CJ Japan
(文:佐々木彩乃、編集:神山かおり)
取材後記 by 福岡杏菜 / THE LEADS ASIA
「1杯目:日韓のもやもやを考えよう」を中心に、モヤモヤの正体(言語化するのが難しいこと)を代弁してくれるような展示内容となっていたのが良かった。
これまでは、韓国文化というものは一部の限られた人に受容される対象だったかもしれないが、第4次韓流ブームを経て、日本社会全体で「韓国」というものが日常の一部として取り入れられるようになったことで、ふとしたことが契機となり、韓国に対して「モヤモヤ」した感情(違和感)も抱きやすくなっているように思う。
そして、この「モヤモヤ」の正体を暴くためには、実行委員会の言葉にもあるように、歴史や経済、政治などを含む多様なイシューについて向き合い、互いを尊重しながら学ぶ必要がある訳だけれども、改めて考えると、それって凄くハードルの高いことなんじゃない?と感じた。自分は、韓国留学や日韓学生会議での活動を通じて、相手の言葉で物事を理解したり、対話の機会を得ることができたけれど、そんな環境に身を置ける人は限られているし、たとえ思考を巡らせたとしても簡単に答えが出る性質のものではないことも痛感している。
それ以前に、違和感を感じた人が全員、「モヤモヤ」の正体に向き合ったりする訳ではないのも事実としてある。
けれども今回の展示には、モヤモヤとした感情は何を契機として生じたのか、モヤモヤと向き合った先には何があるのか(日韓間のどのようなイシューに繋がるのか)、といった問へのヒントが盛り込まれていたように思うし、「モヤモヤ」が露呈した事例に対して、意志表示をしたり、ほかの人の考えを可視化できる工夫が施されていたのがとても勉強になった。
自分自身、なんとくなく分かった気でいたけど、曖昧にしたままのことも多々あるため、展示を見る中で感じた問に対して向き合ってみたり、人の言葉を借りることで頭を整理し、自身の考えをアップデートしていければいいなと感じた。
特に、「『文化と政治は別物』という固定観念を覆したい」という部分に対しては、自分の考えとは異なる立場だったため、時間を設けて考えてみたいと思った。